証券口座って、最初は「どこか1つ開けばいいもの」だと思っていた。
でも気づいたら、いくつかの口座を持つことになっていて、さらにその役割も勝手に分かれていった。
今の自分の状態を一言でいうと、
「楽天証券がメインで、他は用途別に散らばっている」
という感じだ。
■ 楽天証券がメインになった理由
今メインで使っているのは楽天証券。
理由はシンプルで、操作が一番わかりやすかったからだ。
最初はなんとなく「楽天だから安心そう」というくらいの軽い気持ちだったが、使っていくうちに自然とメイン口座になっていった。
今はここで、
- NISA
- iDeCo
- 投資信託の積立
- 一部の株式運用
まで全部まとめている。
気づけば「お金まわりの中心」が楽天証券になっていた。
たぶん、UIのわかりやすさとアプリの使いやすさが大きい。
投資って難しいことをしているはずなのに、画面がシンプルだとそれだけで続くハードルが下がる。
そういう意味で、自分には楽天証券が一番合っていた。
■ SBI証券はIPO専用になった
もう一つよく使っているのがSBI証券だ。
ただしこちらは少し特殊で、ほぼIPO専用口座になっている。
もともとは普通に投資にも使っていた。
特に高配当株はSBI証券でミニ株(単元未満株)を使って少しずつ買っていた時期もある。
当時は「少額で株を持てるのは便利だな」と思っていた。
ただ、その後楽天証券でもミニ株が解禁されてしまったことで状況が変わった。
自然と株の購入は楽天側に寄っていき、SBI証券はIPO申し込みのための口座として残った。
結果として今は、
IPO専用マシンのような存在になっている。
そして肝心のIPOについては、長年やっているが当選歴はまだない。
■ SBIネオモバイル証券の名残
少し前の話になるが、以前はSBIネオモバイル証券も使っていた。
1株から買える「ミニ株」が使いやすく、少額投資にはかなり相性が良かった。
当時は高配当株を少しずつ買い集めるのに使っていた記憶がある。
ただその後、サービスはSBI証券に統合される形になった。
いわゆる吸収である。
結果として今は、その頃の名残がSBI証券に残っている状態だ。
■ 三菱UFJ eスマート証券はポイ活の痕跡
三菱UFJ eスマート証券も一応口座を持っている。
ただしこちらは積極的に使っているわけではない。
きっかけはポイ活だった。
「口座開設でポイントがもらえる」という案件をきっかけに作ったものだ。
その後しばらく触ってみたものの、メインにはならなかった。
今ではたまにログインする程度で、少し休眠気味の口座になっている。
ポイ活あるあるだと思うが、「開設したけど使い道が定まらない口座」は意外と残りがちだ。
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■ 松井証券は“開設したまま枠”
松井証券も口座は持っている。
ただ、こちらもあまり使えていない。
一応開設はしたものの、操作のメイン導線には乗らなかった。
気づけば「開設したまま枠」になっている。
証券口座って、作るのは意外と簡単なのに、使い続けるかどうかは別問題だとここで実感する。
■ 結局、楽天に戻ってくる理由
いくつか口座を持っている中で、最終的に楽天証券に戻ってくる理由はシンプルだ。
操作がわかりやすいこと。
これに尽きる。
投資って本来、難しい判断や知識が必要なものだと思う。
でも日常的に触る画面が複雑だと、それだけで少し疲れてしまう。
逆に、シンプルで直感的だと「とりあえずやってみるか」が続く。
結果として、自分の中では楽天証券が「メインの生活導線」になった。
■ 役割分担が勝手にできていった
振り返ると、最初からこういう使い分けを意図していたわけではない。
気づいたら自然にこうなっていた。
- 楽天証券:生活の中心(NISA・iDeCo・投資信託)
- SBI証券:IPO専用
- 三菱UFJ eスマート証券:ポイ活の名残
- 松井証券:開設したまま枠
最初は全部「同じようなもの」だと思っていたのに、いつの間にか役割が分かれていたのが面白い。
■ 証券口座は“性格が出る場所”かもしれない
証券口座は、選び方というより使い方に性格が出る気がしている。
コツコツ積み立てたいのか。
イベントとしてIPOを楽しみたいのか。
少額で気軽に触りたいのか。
ポイ活の延長で試したいのか。
同じ「投資」でも、向き合い方は人によってかなり違う。
そして自分の場合は、結果的に楽天証券に集約されていった。
たぶんこれが一番ストレスが少ない形だったのだと思う。
■ おわりに
証券口座はいくつか持っているが、結局のところ自分にとって使い続けられるものは限られている。
あれこれ試してきた結果、今は楽天証券が中心に落ち着いている。
そして他の口座は、それぞれ役割を持ちながら静かに存在している。
投資の世界も、ポイ活と同じで、
「全部を完璧に使いこなす」というより、
「自分に合う形に落ち着いていくもの」なのかもしれない。

