気づいたら、NTTの保有株数が1000株になっていた。
ただしこれは、計画して積み上げた結果ではない。
「1000株まで買おう」と決めていたわけでもないし、どこかのタイミングで戦略的に到達させたわけでもない。
いま振り返ってみると、かなり曖昧な意思決定の積み重ねでここまで来ていた。
■ 最初は“安心枠”として買った
NTTを最初に買った理由は、特別なものではない。
むしろ逆で、「よく分からないから、とりあえず分かりやすいところに置いておく」という感覚に近かった。
日本を代表する通信会社であり、規模も大きく、配当もある程度ある。
大きく増えるイメージはないが、大きく崩れるイメージも持ちにくい。
ポートフォリオの中で、いわば“安心枠”のような位置づけだった。
■ 下がるたびに少しずつ買い増すようになる
株価は当然ながら上下する。
上がる日もあれば、下がる日もある。
その中で、下がったタイミングでふとこう思うようになる。
「まあNTTだしな」
この一言が、地味に厄介だった。
致命的な下落には見えない。
長期的には戻る気がする。
そう思っているうちに、少しずつ買い増しが始まっていた。
いわゆるナンピンである。
ただしそれは明確な戦略というより、「なんとなく整えていく作業」に近かった。
気づけば平均取得単価が少しずつ下がっている。
そして株数が増えている。
■ ナンピンは意思決定というより“流れ”
ナンピンという言葉は、どこか計画的で冷静な響きを持っている。
しかし実際の感覚はそれとは少し違う。
下がったから買う。
もう少し下がったからまた買う。
そこに細かい分析があるわけではない。
むしろ、「このくらいなら持っていてもいい」という感覚の繰り返しだった。
後から振り返ると、それはひとつの流れだったように思う。
■ 900株という“気持ち悪さ”が現れる
ある時、保有株数は900株になっていた。
その時点で損得の問題はあまり関係なかった。
問題は別のところにあった。
900株という数字が、単純に少し気持ち悪かったのである。
あと100株で1000株になる。
ただそれだけのことが、頭の片隅にずっと残る。
投資として正しいかどうかとは別の軸で、「揃っていない感じ」が気になってしまう。
この感覚は、理屈では説明しにくい。
しかし確かに存在する違和感だった。
■ 100株追加の理由は驚くほど単純だった
そして最終的に、100株を追加することになる。
理由は明確な投資判断ではない。
株価の分析でもない。
タイミングでもない。
ただ単純に、900株という状態が落ち着かなかったからである。
1000株という区切りの方が、視覚的にも心理的にも収まりが良い。
それだけの理由で、追加購入が行われた。
後から見れば、それはかなり曖昧な意思決定だったと思う。
■ 気づいたら1000株になっていた
そして結果として、NTTは1000株になった。
この瞬間に大きな達成感があったわけではない。
むしろ、「ああ、そうなったのか」という程度の静かな感覚だった。
1000株という数字はそれなりに区切りではある。
配当金も無視できない規模になる。
それでも実感が薄いのは、この過程があまりにも自然すぎたからだと思う。
■ 投資は必ずしも合理性だけで動いていない
振り返ってみると、ナンピンの多くは合理的判断というよりも、感覚の積み重ねだった。
下がったから買う。
安心したいから持つ。
そして、少し整えたくなる。
その延長線上に1000株という結果があった。
投資というと理屈や戦略が重視されがちだが、実際にはこうした小さな感覚の積み重ねも無視できない。
■ 1000株はゴールではなく“整った状態”
1000株に到達したことは、ゴールというより一つの状態に近い。
ここで終わりという感覚もないし、ここから特別に何かが変わるわけでもない。
ただ、数字としてはひとまず収まりが良くなった。
それだけのことだ。
なお、厳密には現在1031株であることを申し添える。
新NISAの枠を使い切った結果、中途半端な数字になったためだ。
■ おわりに
NTTをナンピンし続けていたら、気づけば1000株になっていた。
その背景にあったのは、明確な戦略ではない。
むしろ、900株という数字に対する小さな違和感だった。
投資はしばしば合理的な意思決定として語られる。
しかし実際には、その中にこうした“整えたさ”のような感情が紛れ込んでいることもある。
NTTの1000株は、そのことを静かに思い出させる存在になっている。
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