投資を始めたばかりの頃。
評価損益が1万円動くだけで、何度も証券口座を開いていた。
朝見て、昼休みに見て、仕事が終わってまた見る。
「今日は下がってる。」
「少し戻した。」
そんな数字に一喜一憂していた。
当時の自分にとって、1万円は決して小さなお金ではなかった。
だから、評価額が動くたびに心まで一緒に揺れていた。
それから10年。
今では100万円単位で資産が動く日があっても、
「今日は結構動いてるな。」
そのくらいにしか思わなくなった。
昔の自分が聞いたら、きっと信じないだろう。
最初から平気だったわけではない
誤解してほしくないのは、最初から値動きに強かったわけではないということだ。
むしろ逆だった。
少し下がるだけで不安になった。
ニュースを検索した。
SNSで「暴落」という文字を探した。
「売った方がいいのかな。」
そんなことを何度も考えた。
投資を始めたばかりの頃は、資産が減ることに慣れていない。
だから怖い。
それは、ごく自然なことだと思う。
少しずつ、お金の器を広げてきた
筆者は、いきなり大きなお金を投資したわけではない。
少額から始めた。
慣れてきたら少し増やした。
また慣れたら、もう少し増やした。
そうやって、少しずつ扱う金額を大きくしてきた。
筋トレでいきなり100kgを持ち上げないのと同じだ。
軽い重量から始めて、少しずつ体を慣らしていく。
投資も、それに似ている気がする。
金額が増えれば、当然値動きも大きくなる。
でも、自分の感覚も少しずつ育っていく。
暴落は何度も経験した
この10年で、相場が荒れた場面は何度もあった。
コロナショック。
植田ショック。
関税を巡る急落。
ニュースでは、「歴史的な下落」「パニック相場」という言葉が飛び交う。
もちろん、評価額は大きく減った。
一日で何十万円。
時には100万円近く動くこともあった。
それでも筆者は、一度も狼狽売りをしなかった。
未来が見えていたからではない。
暴落が怖くなかったからでもない。
ただ、「こういう日はいつか来る」と思っていたからだ。
長く投資を続けるなら、下落は避けられない。
だから、暴落が来たことよりも、「予定どおり来たな」と考えるようになった。
値動きではなく、会社を見る
以前の筆者は、株価ばかり見ていた。
今日は何円上がった。
今日は何円下がった。
そんなことばかり気にしていた。
でも今は少し違う。
高配当株なら、
業績は変わったか。
配当方針は変わったか。
買った時に描いていたシナリオは崩れたか。
そこを見るようになった。
株価だけが下がっているなら、それは単なる値動きかもしれない。
一方で、会社そのものが変わったなら、それは向き合うべき変化だ。
その違いを意識するようになってから、相場に振り回されることが減った。
100万円に慣れたのではない
「100万円動いても平気なんですね。」
そう言われることがある。
でも実際には、100万円という金額に慣れたわけではない。
100万円は今でも大きなお金だ。
旅行にも行ける。
家電も買える。
簡単に稼げる金額ではない。
ただ、資産全体の中で見たときの「割合」に慣れたのだと思う。
資産が増えれば、値動きも自然と大きくなる。
だから、100万円という数字だけを見ても意味がない。
大切なのは、自分が許容できる範囲なのかどうかだ。
ある意味、悟りの境地かもしれない
最近は、大きく下がる日でも証券口座を開いて、
「今日はやってるな。」
と思うくらいになった。
もちろん、うれしいわけではない。
損失は少ない方がいい。
でも、慌てることもない。
相場には上がる日もあれば、下がる日もある。
その繰り返しだと受け入れられるようになった。
ある意味、悟りの境地なのかもしれない。
耐性は、経験でしか身につかない
投資の本には、
「長期投資が大切です。」
「暴落でも慌てないように。」
そんな言葉がたくさん書かれている。
もちろん、その通りだ。
でも、それを頭で理解することと、実際にできることは違う。
耐性は、本を読んでも身につかない。
実際に相場を経験して、少しずつ育っていくものだと思う。
だから、今評価損で落ち込んでいる人も、自分を責めなくていい。
筆者も、最初は1万円の値動きで落ち着かなかった。
そこから10年かけて、少しずつ慣れてきただけだ。
100万円の値動きに慣れた日は、突然やってきたわけではない。
小さな値動きを何度も経験し、暴落を乗り越え、その積み重ねの先にあった。
投資で一番大きく成長したのは、資産額ではない。
値動きに振り回されなくなった、自分自身なのかもしれない。

