最近いろいろとやっていることを振り返ってみると、共通点がひとつ見えてきた。
ポイ活も、投資も、IPOも、結局のところ全部「待つ趣味」なのではないかということだ。
お金を増やす行為のはずなのに、やっていることの大半は“結果が来るまで待つこと”に費やされている。
■ ポイ活は「待つ」が基本動作になっている
ポイ活というと、スキマ時間でサクサク稼ぐイメージがある。
たしかにアンケート回答や広告利用はその通りで、即時性のあるものも多い。
ただ実際にやっていると、それだけではないことに気づく。
例えば、大型アンケートには「判定中」がある。
答えたあとすぐポイントが入るわけではなく、しばらく待たされることがある。
そして座談会や会場調査のような案件になると、話はさらに変わる。
応募してから結果が来るまで待ち、選ばれるかどうかを待ち、さらに電話連絡を待つ。
その間に時間が空きすぎて、「そもそも何に応募したんだっけ?」となることもある。
ポイ活は作業というより、むしろ待ち時間の積み重ねだと感じる瞬間が多い。
■ IPOは最初から最後まで待つことしかない
IPOもかなりわかりやすい「待つ趣味」だ。
まず抽選に申し込む。
そして結果を待つ。
当たればラッキー、外れれば何も起きない。
ただそれだけの構造なのに、なぜか毎回申し込んでしまう。
IPO歴は5年になるが、国内株での当選はまだ一度もない。
それでも続けているのは、「いつか当たるかもしれない」という期待と、「外れても損はしない」というバランスがあるからだと思う。
さらに厄介なのが補欠当選だ。
一瞬だけ希望が出るが、そのまま繰り上がらず終わることも多い。
待った結果、何も起きないことも普通にある。
IPOは投資というより、かなり純度の高い待機イベントだ。
▶︎関連記事:
■ 投資も実は“時間待ち”の連続
投資も一見すると能動的に見えるが、構造的には待つ要素が多い。
株価はすぐに結果を出してくれるものではないし、配当も年に数回しかない。
高配当株の場合は、忘れた頃に配当金が入る。
そのタイミングは事前に分かっていても、実際に入金されると少し嬉しい。
優待も同じで、カタログギフトや商品が届くまでには時間がかかる。
つまり投資も「仕込んで待つ」「忘れて待つ」「気づいて喜ぶ」の繰り返しだ。
日々の売買というより、長い時間軸でイベントを待っている感覚に近い。
■ 共通点は「自分ではコントロールできない部分」
ポイ活・IPO・投資を並べてみて気づくのは、自分の努力で結果を完全にはコントロールできないということだ。
アンケートをどれだけやっても、座談会に必ず呼ばれるわけではない。
IPOに何回申し込んでも、当たるかどうかは運次第だ。
投資も同じで、買った瞬間に結果が決まるわけではない。
この「コントロールできない領域」が、すべてに共通している。
そしてこの不確実さが、逆に習慣として続けやすい理由にもなっている気がする。
■ 「待つ時間」があるから続いてしまう
もしこれらがすべて即時に結果が出るものだったら、たぶんここまで続いていないと思う。
ポイ活も、IPOも、投資も、すぐに答えが出てしまったら飽きていた可能性が高い。
むしろ結果が遅れてやってくるからこそ、日常の中に自然と入り込んでいる。
忘れた頃にポイントが増えたり、思い出した頃に優待が届いたり、たまにIPOの結果が来たりする。
その「間」があることで、完全に日常から切り離されないまま続いている。
■ 待つ趣味はストレスにもなるが、やめどきがない
もちろん、待つことにはストレスもある。
座談会や会場調査で言えば、応募しても連絡が来ないことは普通だし、電話に出られずに機会を逃すこともある。
IPOに関しては、5年続けて国内株での当選ゼロという現実もある。
それでもやめていないのは、どこかで「次はあるかもしれない」と思ってしまうからだ。
この“少しだけ期待できる感じ”が、待つ趣味の厄介なところでもあり、続く理由でもある。
■ おわりに
ポイ活、IPO、投資。
一見バラバラに見えるこれらの行動は、実はすべて「待つ」という一点でつながっている。
自分でコントロールできる部分は少なく、結果は時間の向こう側からやってくる。
そしてその待ち時間の中に、小さな楽しさや期待が散りばめられている。
お金を増やすために始めたはずの行動が、いつの間にか「結果を待つこと自体が少し面白い趣味」になっている。
そう考えると、自分がやっていることは投資でも副業でもなく、ただの“待機型エンタメ”なのかもしれない。

